ミャンマーにて

January 28, 2019

 

 

少し長くなりますが、ミャンマー期間での旅の記録を残したいと思います。
まず、今回のキッカケは、私が鼓童に在籍していた頃にお知り合いになった、東京コンサーツラボの浅野さん、尺八奏者の黒田鈴尊さんからのお声掛けによるものでした。

二つ返事で今回ご一緒させていただくことになりましたが、邦楽チームは他にも箏奏者の安嶋三保子さん、三味線奏者の大嶋礼子さんともご一緒させていただき、計4名となりました。
邦楽チームと書いたのは、今回のメインがミャンマー国立交響楽団のコンサートに出演することだったので、ミャンマーのオケメンバーはもちろん、日本からもクラシック出身で各楽器のゴッドファーザーの皆様もお越しになられておりました。
こちらの皆様は後ほどご紹介いたしますが、N響、新日フィルに30年近く在籍など、もうキャリアも技術も圧倒的な皆様の集まりです、、💦
 

そして、今回のトップはミャンマー国立交響楽団の指揮者である、山本祐ノ介先生です。
ご存知の方のが多いと思いますが、日本を代表するチェリストで、
奥様はピアニストの小山京子さん、お父様はこれまた驚きの日本を代表する作曲家、指揮者の山本直純さんという凄まじい方です。
 

 


ご縁があり、ミャンマーにてタクトを振り始め6年程が経過するそうです。
ちなみにミャンマー国立交響楽団は、日本でいうN響のようなもので、ミャンマーの国営テレビ局の傘下に入ります。

その山本先生と国際交流基金がタッグを組み、毎年ヤンゴンとネーピード(首都)で大きなコンサートを行うのですが、今回はそちらへの参加が目的でミャンマーへと渡りました。

昨年は山下洋輔さんが参加されたそうです!!

まずは、太鼓をどう運ぶかという基本的なところから壁にぶち当たりました💦
海外だとどうしても輸送上の問題や輸送費の問題が起きるので現地でお借りすることが多いのですが、今回は太鼓がほとんど普及していないミャンマー。

今回のために特注でハードケースを作成しました(笑 
12月過ぎに発注を掛け、年末年始休まず製作頂いた職人の皆様、改めてありがとうございました。

 

なんやかんやでほとんど日本で合わせをすることも出来ずに、出発の日です。

空港に着いてからも第二の問題が!
チェックインカウンターまで一人でカート4つも押せません(笑
ですが、困っている姿を見兼ねてたくさんの方々に助けていただきなんとかチェックイン完了です。
タイ航空に乗ったのですが、チェックインカウンターの皆さんが陽気すぎて、ここでも元気もらいました♫
ありがとうございました!

そして一度バンコクで降り、鈴尊さんと合流。

二人でミャンマーへ無事到着!
今回が国際交流基金と大使館が関係していたため、生まれて初めての特別待遇での入国。

おそるべし、大使館の力、、、(笑
楽器も無事到着致しました!
丁寧に運んでくれた航空会社の皆さんありがとうございました!

ホテルへ向かう途中、「野犬には気をつけてくださいね。噛まれたら24時間以内に死にますよ」と笑顔で言われたので、これだけは本当に気をつけました。

狂犬病が流行ってるみたいです。



そしてホテル着。

いやー、なんじゃこのホテルは!っていうぐらいの最高級のホテルに庶民代表の自分は焦り気味で、そのままホテル内の夕食会場へ。
先に到着されていた、邦楽、オケチームの皆さんとビュッフェを楽しみました。
ごちそうさまでした。

そして翌日からはミャンマーオケとの合同練習です!
慣れない現場ということもあり多々苦戦もしましたが、なんとか1日目終了!
正直一杯一杯過ぎてあまり覚えておりません。

 

2日目は会場で練習し、3日目がゲネプロからの本番で、

本番が始まる前、少しだけですが現地の皆さんと交流もできたくさん写真も撮れました。
 

 


 

 

 

本番は合同で行う演目も邦楽チームの時間も無事終えることができ、

オケや三曲邦楽との時間のテーマは「抑制」これがまたとても勉強になりました。

 


ありがたいことに太鼓ソロの時間もいただいたのですが、ここは爆発です!
少し前まで軍事政権で外の文化があまり入ってこなかったミャンマーでは最近まで2拍子がほとんどだったらしいので、あえて3拍子をメインにソロをやってみました。

結果は、子供達が踊ってくれました✨
大人同士の文化のイザコザよりも、何もわかってない子供達からしたらそんなことは関係無いということですね。

 

 

今回の合同曲は、山本先生が編曲された「八木節」やロシアのダンスミュージック、ミャンマーの誰もが口ずさめる民謡をオケと邦楽チームと、現地の民族楽器チームで演奏致しました。
サインワイン、ネーという楽器がメインに、ボウ等も加わり、音を聞いてるだけで東南アジアにきたなーと感じさせてくれる演奏です!
ミャンマーに着いた当日のホテルでも演奏していたので、早速言葉もわからぬまま演奏後に突撃をし、試し打ちをさせて!と(笑
粘土と水を混ぜたものを打面の真ん中に塗り、チューニングをする面白い打楽器です。

その為か、和太鼓と同じように牛革を使っていても少し水気のある円やかな音がし、とても心地よい音がします。

ネーは、篳篥のような音で主旋律を奏でるものです。
 

 

 

 

 

すこし脱線してしまいましたが、ヤンゴンでの演奏は1500席満席の立ち見が出るほどでした。

このオーケストラが結成されたのは2001年に時の権力者が結成したとのことですので、

まだまだ浸透しているわけではありませんがそれでもこうして受け入れられている様子を見ると、山本先生と先生を支えている皆様のご尽力の賜物と感じております。

 

翌日は、ヤンゴン観光です。

ようやく文化に触れる時間が出来ました。

 

 

 

 

ここで紹介するのはミャンマー在住でおそらく一番しっかりしている22歳三重県伊勢市出身の木村くんです。

この子と交流基金の倉田さんがいなければこのミャンマー期間はなかなかハードになっていたと思います。

木村君に案内をしてもらい、パゴダや現地のソウルフードや、民族舞踊を楽しみました。
ここには書ききれないほど、文化や政治のことを木村君と話せてとても勉強になりました。
下の写真の右から2番目が木村君です。

 

 


そして、首都ネーピードへ移動。

ここは、いろいろありまして首都なのになんにも無いんです。

ただ、なぜかラスベガスにあるような大きくて豪華なホテルがめちゃくちゃあるんです。

写真を見ていただくとわかると思うのですが、道以外はサバンナ?みたいな状態で人間より動物のが多いんです。

いるのは政府関係者ばかりとのことです。

サイクリングをしている最中、牛の群れや野犬に遭遇し木村君と本気で逃げたのはいい思い出です。

片側10車線、両側20車線道路もあるのですが、通るのはたまに原付が通るくらいです(笑

 

 

 


 

 

 

 

そしてネーピードでの本番。

なんと、今回は5回目のコンサートにして、国家最高顧問の「アウンサンスーチー」さんや、丸山大使もお見えになられました。
一時期軟禁状態にあったことで日本でも頻繁にニュースに流れていたことをとても覚えております。

政治的なスーチーさんのご活躍はここでは割愛いたしますが、軍事政権を選挙で終わらせた方です。

現場は一気に緊張感が増し、大きなアサルトライフルを持った軍隊が会場内外の警備につき、どこか物々しい雰囲気でのコンサートとなりました。

 

 

 

スーチーさんご自身はとても気さくで笑顔が素敵な方という印象です。

最後に全員で写真も撮影致しました。


そしてこの日でオケの皆様とはお別れになります。

知識のない私でも分かるぐらい、熱い演奏に心が動かされました。

短い時間でしたが、朝食会場やレセプション等でお話しさせて頂けたこと心から光栄に思えます。

なにより、クラシック出身の方でお祭りを通してコミュニティー作りを行っている加藤さんに出会えたのは本当に嬉しかったです。今後もご縁がありますように。

 

そしてまたヤンゴンに戻り、今度は国際交流基金ヤンゴン日本文化センターの開所式での演奏です。

ここは邦楽チームだけの演奏となりましたが、場所の関係で1尺8寸の桶を急遽担ぎで対応し、無事演奏は終了いたしましたが、方には帯が食い込んだ跡が(笑
ここでも素敵なご縁をいただけたので、今後に繋がりますように🙇‍♂️

 

 

 そしてようやく打ち上げです♫
近くの屋台風日本居酒屋「蓮」にて、山本先生はじめ、基金、大使館、外務省の皆さんと美味しい食事とミャンマービールで楽しみました!
僕と木村君が到着したら、「この二人めっちゃ食べるから!」と火山鍋というオバケ鍋を先生が注文してくださり、

これがこのサイズで18000チャットという安さ!(日本円で1300円程度)
ビールも一杯70円程度で、2kgのカツ丼を食べる僕が腹一杯食べてもだいたい日本円で600円くらい💦

最後に「帆柱起こし音頭」をみんなで唄い、終了。

 

 

 

名残惜しいですが、日本へ帰国いたしました。

 

今回のミャンマーではたくさん感じることがありました。

もちろん演奏面などもですが、なにより物価が安いということです。

これは日本人観光客からしたらそう感じるかもしれませんが、現地の方からしたら先ほどの18000チャットというのは1日の平均収入より高いそうなんです。
貧富の差がかなりあり、低い方で月に日本円で1、2万しか収入がない方もいらっしゃるそうです。

軍事政権が終わり、海外からの文化や技術産業が入ってきてはいるものの、まだまだ生活水準は満足できるものではない方が圧倒的に多く、

それでも、日本よりも文化水準は高く、誇りを持っている方々がとても多く羨ましく感じました。

パゴタに家族で行き、まるで公園かのように1日お経を聴きながらゆっくりされている方がとても多くおります。

戦後の日本のようにGHQが入り、憲法改正や戦に繋がることや風習を全て排除されたことで無くなってしまった文化がたくさんある中(生活水準はあがりましたが、、、)ミャンマーにはまだそれがたくさん残っております。
どうかここから国外のものが入ってきても今大切にされているものもうまく咀嚼し残していって頂けたら、こんな嬉しいことはありません。

 

今回の期間でちょっとでも不快に感じる方は全くおらず、皆さん全員が気さくでいい人ばかりでした。

ミャンマーのことが大好きになりました。

 

また訪れたい国です。

機会を与えてくださった全ての皆様、支えてくださった皆様本当にありがとうございました。

「夜叉舞」「三曲ソーラン節」また同じメンバーで演奏したいな〜♫

乱文失礼致します。

 

 

 

 

 

 




 

 





 

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